てんかん患者に特別食の感想を聞く栄養士(右)と医師(静岡市葵区の静岡てんかん・神経医療センター)
難治性てんかん患者を対象に、糖質摂取を極端に減らした「てんかん食」による治療が4月、保険適用された。約100年前に考案され、抗てんかん薬の登場で廃れかけたが、薬が効かない患者への有効性が再評価された。ただ厳しい食事制限を生涯続けなければならず、患者や家族の負担は大きい。対応した食材をどう確保するかも課題だ。
「ふらつきなど発作症状が減り、受け答えもはっきりしてきた」。静岡てんかん・神経医療センター(静岡市葵区)に入院する息子(30)が今秋からてんかん食を始めた母親は喜ぶ。
幼少時から発作に悩み、薬でも症状を抑えきれない。「卒倒することもあり、目が離せなかった」。息子にとって食事は数少ない楽しみ。「好きに食べさせたい」と始めるかどうか悩んだが、今は「好物のフライドチキンも(糖質制限のため)衣を減らせば食べられそう」と前向きだ。
■病院の負担減少
同センターは特別食の提供や家族への栄養指導を手掛けてきたが、費用は持ち出しだった。4月の診療報酬改定で加算がつき、指導料も得られるように。負担は減り、取り組みやすくなった。これまで試したのは計約90人。今井克美医師は「薬が効かず、手術できない患者らの3~5割で効果が期待できる」と話す。
てんかんは脳神経の興奮などで起きる発作の総称だ。手足がぴくっと動くなどの軽い症状から、意識を失う重い症状まである。年齢を問わず発症し、患者は推計約100万人。2~3割は薬でコントロールできない難治性で、てんかん食は主にこうした人向けだ。
糖質を1食数グラムから数十グラムに抑え、体内で「ケトン体」が生成される状態にするため、ケトン食とも呼ばれる。詳しいメカニズムは未解明だが、脳が糖質の代わりにケトン体を栄養源に活動するようになり、発作が減ると考えられている。
砂糖類をはじめ、ご飯やパンなどの穀類、イモなどの根菜は糖質が多く、ほとんど食べられない。治療中はずっと制限が必要で、誤って糖質を取り過ぎると効果が失われる恐れがある。
脂質でカロリーを補うため、1品で大さじ1、2杯の油を使う場合もある。年齢や症状に合わせ内容を検討し、調理では栄養素を厳格に計算。小児なら成長に応じた配慮も必要だ。
■メニュー作り支援
同センターでは1カ月前後の入院でてんかん食に慣れてもらう。その後は家庭での継続が必要だが、竹浪千景管理栄養士は「脂っこいため食べにくい。調理をする家族の負担は決して軽くはない」と指摘する。基本レシピを紹介、食材を替えれば様々なメニューを作れるようにしているほか、パソコンで栄養を計算できる独自ソフトも提供する。
ただ保険適用されたとはいえ、こうした医療機関は少ない。精通した医師、栄養士らがチームを作って治療に当たる医療機関は全国で10カ所にも満たない。
てんかん食は1920年代に欧米で考案されたが、抗てんかん薬の登場で提供が減った。「古い治療法」「栄養バランスの悪い食事を与えるのは問題」と考える関係者も多い。このため医師向け研究会などで普及に取り組む動きもある。
対応する食材をどう確保するかも課題だ。多くが小麦粉代わりに使える特殊粉ミルク「ケトンフォーミュラ」をレシピに採用しているが、製造するのは国内で明治1社のみ。登録した患者に無償提供しているものの、国の補助金は限られ、製造コストは大きい。災害などで生産が止まれば、治療が続けられなくなる恐れもある。
最近はダイエットのため糖質制限が注目され、「糖質ゼロ」をうたったり、糖質量を細かく表示したりする市販品が増えた。竹浪栄養士は「以前に比べ、市販品をメニューに取り入れやすくなった」と歓迎する。
小児患者は学校給食にも気を使う。「ケトン食普及会」の元会長、松戸クリニック(千葉県松戸市)の丸山博院長は「学校や保育所には弁当を持参する患者が大半。食物アレルギーへの対応は進んだが、てんかんへの配慮も検討してほしい」と話す。
◇ ◇
■拠点病院、8都道府県 専門医療の提供急務
てんかん医療は精神科、神経内科、小児科など多くの診療科がかかわるが、専門医は全国で約600人にとどまる。専門医が1人のみの県もあり、患者が地元で専門的な治療を受けられない場合もある。高齢者の発症が目立ち、ますます高齢化が進む中で提供体制の整備が課題だ。
厚生労働省は昨年度から3年間のモデル事業として「てんかん地域診療連携体制整備事業」を開始。都道府県が1カ所ずつ「診療拠点病院」を指定し、地域のてんかん医療の質向上を目指す。
拠点病院には「診療支援コーディネーター」の配置が必要で、患者からの相談に応じるほか、地域の医療機関同士の連携強化にも取り組む。
ただ11月末時点で拠点病院の指定は8都道府県にとどまる。同省精神・障害保健課は「指定が広がるよう支援を続ける」とする。