ケトン体、それはおなかの赤ちゃんの栄養源だった

2016/03/24 – 宗田先生は、普通に糖質を摂取している女性が人工妊娠中絶をした時の胎盤組織液でβヒドロキシ酪酸(ケトン体の … 語版(医歯薬出版)の「脳の代謝」の項目に「母乳は脂肪含有量が高くケトン体生成に必要な基質を供給することができる。

宗田マタニティクリニック(千葉県市原市)の院長、そして私の畏友(いゆう)でもある宗田哲男先生が、2015年11月に出版した「ケトン体が人類を救う 糖質制限でなぜ健康になるのか」(光文社新書)がベストセラーになっています。とても興味深い内容の本ですので、この連載の読者の皆さんにも一読をお勧めします。産婦人科医である宗田先生が手がけたヒトの胎盤のケトン体を測定した研究は、おそらく世界で初めての成果です。私も共同研究者の一人として参加させていただきました。今回、まずはその研究の概要を紹介したいと思います。14年と15年の2度、学会発表されていますので、個々に解説しましょう。

妊娠初期の胎盤と新生児のケトン体値は成人より高い!

○2014年1月12日 第17回日本病態栄養学会年次学術集会

「ケトン体が人類を救う 糖質制限でなぜ健康になるのか」宗田哲男著、光文社新書
「ケトン体が人類を救う 糖質制限でなぜ健康になるのか」宗田哲男著、光文社新書

宗田先生は、普通に糖質を摂取している女性が人工妊娠中絶をした時の胎盤組織液でβヒドロキシ酪酸(ケトン体の一種)の値を58検体分測定されました。結果は平均1730μmol/Lで、通常の成人の基準値(85μmol/L以下)と比べ、はるかに高いことが分かりました。58検体全て、例外なく成人の基準値の20~30倍だったのです。胎盤組織液のケトン体値が高値ということは、胎児の血中のケトン体の基準値も成人よりかなり高値であると考えられます。これは世界初の報告であり、極めて貴重なデータです。

妊娠6週から18週までの胎児の胎盤組織液のケトン体値がこれほど高値であることは、脳をはじめとする胎児の体の組織の主たるエネルギー源がケトン体である、という可能性を示唆しています。このことはそのままケトン体の本質的安全性を証明するものです。妊娠中にケトン体が血中に増えすぎると、本来アルカリ性の血液が酸性に傾く「酸性血症(アシドーシス)」という危険な状態になると懸念する医師もいるでしょうが、もちろんこの58検体では全例、酸性血症はありません。

ついで生後4日目の新生児312人のβヒドロキシ酪酸を調べると、その平均値は240.4μmol/L、生後1カ月の40人でも400μmol/Lと、こちらも一般的な成人の基準値よりはるかに高値でした。新生児のケトン体値の報告も、これだけの数がまとまったのはおそらく初だと思います。このデータは、新生児でも血中ケトン体が重要なエネルギー源であることを示唆しています。ここでもケトン体の安全性が証明された、と考えられます。

ケトン体は胎盤で作られ、胎児に送られている

○2015年1月10日 第18回日本病態栄養学会年次学術集会

耐糖能正常、つまり糖尿病の傾向が全くない妊婦60人の協力を得て、分娩(ぶんべん)時に胎盤組織液と臍帯血(さいたいけつ=へその緒の中の血液)のβヒドロキシ酪酸値を測定しました。結果、胎盤組織液は平均2235.0μmol/L、一方、臍帯血の方は平均779.2μmol/Lで、胎盤組織液の方が有意に高い値を示しました。胎盤内のケトン体値のほうが、臍帯血より高いということは、胎盤でβヒドロキシ酪酸が作られ、胎児にエネルギー源として供給されているということが示唆されます。

15年に発表された胎盤組織液のβヒドロキシ酪酸値のデータも、14年に発表されたデータも、成人の基準値の20~30倍の範囲内に収まります。違いは、14年のデータは妊娠初期に流産した段階での測定なのに対し、15年分は分娩時の測定という点です。この二つのデータにより、胎盤のβヒドロキシ酪酸値は妊娠初期から分娩時まで、一貫して成人基準値の20~30倍という高値を維持している、ということが言えるようになりました。

ケトン体は妊娠中絶えず胎児に供給されている

一連の研究によって、妊娠初期から分娩時まで、胎盤のβヒドロキシ酪酸、つまりケトン体の高値は当たり前だと言えるのです。このことから、ケトン体の安全性は再び確立された、と宗田先生は主張していますし、私も同意見です。対して、胎盤組織内の血糖値の方を調べてみると、どんな妊婦さんでも(糖尿病であってもなくても)75~80mg/dLで、臍帯血の血糖値と比べても有意差はありませんでした。このことから、胎児はブドウ糖よりもβヒドロキシ酪酸などケトン体を主たるエネルギー源としており、そのために胎盤でケトン体がせっせと生産されていると私は見ています。

実は妊娠中にケトン体値が高い状態で生まれた子供は知能低下を起こすという論文が、1991年に出されています。今もそのことを信じている医療従事者、研究者もいますが、宗田先生の研究は、胎児においてはケトン体高値は当たり前のことであり、危険どころか、主たるエネルギー源である可能性が極めて高いと主張しているのです。

栄養学の教科書、科学誌の最新論文でも

栄養学の教科書「ヒューマン・ニュートリション第10版」の日本語版(医歯薬出版)の「脳の代謝」の項目に「母乳は脂肪含有量が高くケトン体生成に必要な基質を供給することができる。発達中の脳では血中からケトン体を取り込み利用できるという特殊な能力があり、新生児においてはケトン体は脳における重要なエネルギー源となっている」という記載があります。この本は英国で作られ、世界中で読まれている最も権威のある人間栄養学の教科書です。新生児にとって、ケトン体は脳の重要なエネルギー源ということを明記してあるのはさすがだと思います。一方、宗田先生は、新生児だけではなく、胎児においてもケトン体が重要なエネルギー源の可能性が高いと、世界で初めて示されたわけです。

さらに15年2月、米国の医学誌「Nature Medicine」に「絶食や低炭水化物食、激しい運動で炎症が抑制されるのは、ケトン体(βヒドロキシ酪酸)による効果の可能性が示唆された」という論文が載りました(注)。

病のもと「炎症」を抑える効果は……

Nature Medicineは世界でもトップクラスの権威ある医学誌です。詳しい説明は省きますが、「炎症が抑制」できれば感染症、糖尿病、動脈硬化、自己免疫疾患、虚血障害(脳梗塞<こうそく>、心筋梗塞など)等を含むさまざまな疾患の改善が期待できる、と考えられています。つまりケトン体がこれらの多種多様な病気の改善に役に立つ可能性があるということでしょう。スーパー糖質制限食を取り入れると糖尿病や肥満だけではなく、さまざまな生活習慣病、アレルギー疾患までもが改善すると多くの人が報告していますが、そのメカニズムは、血中ケトン体が増えて炎症を抑制しているのではないか、と私は見ています。

「ケトン体は悪者ではない」

ケトン体やケトン食について5回にわたって紹介してきました。途中何度か紹介した通り、ケトン体は、日本の医学界では長らく悪者扱いされてきました。しかし、最新の研究成果でその解釈は覆りつつあると私は考えています。今後も新しい情報を提供して、読者の皆さんにケトン体の本当の姿を知っていただきたいと思っています。

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注:The ketone metabolite β-hydroxybutyrate blocks NLRP3 inflammasome–mediated inflammatory disease. Nature Medicine 21, 263–269 (2015) doi:10.1038/nm.3804

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