糖尿病性腎症 蛋白尿 メカニズム

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http://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/medical_info/science/201311.html

http://kompas.hosp.keio.ac.jp/contents/medical_info/science/201311.html より~

尿細管-糸球体連関:糖尿病性腎症の新しい発症メカニズムの解明
長谷川一宏(腎臓・内分泌・代謝内科)

はじめに~これまでの糖尿病性腎症発症の研究は”糸球体”中心だった~

糖尿病は現代社会のもたらす最大の生活習慣病で、国内患者数は約1,000万人にも達します。糖尿病から生じる腎臓の障害は糖尿病性腎症と言い、透析導入の最大の原因で、その撲滅は医学の最大の課題の一つと言われています。腎臓は、尿を作り体の中の老廃物や余分な水分を排泄する働きを持ちます。腎臓で生成される尿を作る場所は、腎臓に流れ込む血液が毛細血管のかたまりとして糸くずのような構造となり、濾過器に似た働きをしている糸球体という部分です。この濾過器が目詰まりすれば尿は生成されなくなり、逆に目の粗いザルのように素通りとなれば蛋白尿となり体の蛋白質が減っていきます。腎臓にはさらにこの濾過器で濾し取られた尿のもと(原尿)が通る尿細管という部分があります。この尿細管という「尿」の通り道を通って、体外に排泄されます。

図1

図1 腎臓の構造

糖尿病では体の臓器で糖分が利用されなくなり、高血糖をきたして血管にダメージを与えます。血管の塊である糸球体も障害され、正常なら濾過されない血液中の蛋白が、「目の粗いザルとなった糸球体」を素通りして排出される。これを「蛋白尿」といいます。このようにこれまでは糖尿病性腎症は、糸球体障害として捉えられて、糖尿病性腎症の研究は糸球体の障害のメカニズムを中心に行われてきました。

図2

図2 糖尿病性腎症における蛋白尿
糖尿病性腎症では、糸球体のザルの穴が広がり、蛋白が血中から尿中へ漏れ出る

新たな発見~尿細管細胞から糸球体細胞への対話、尿細管-糸球体連関~

糸球体を中心とした研究と治療は一定の成果(アンジオテンシン受容体拮抗薬の応用)を上げましたが、消滅しません。そこで、我々は、他にも病気の原因があると考えました。糖尿病が、栄養素である糖分、脂肪分を利用してエネルギーをつくりだす「代謝」という生命現象の異常であることに注目し、腎臓の細胞で最も代謝が活発な尿細管が真っ先に障害を受けるのではないかと考えました。
多くの生命体で、カロリー制限により寿命が延長することが知られており、その原因遺伝子として、長寿遺伝子サーチュイン(以下Sirt1)が知られています。カロリー制限することにより、腎臓でもSirt1は増加します。本研究グループは、Sirt1の尿細管での意義に以前から注目しており、本研究では糖尿病では、カロリー制限した場合とは逆に、Sirt1が糸球体障害が生じる前に尿細管で低下していることを発見しました。そして、Sirt1の低下が細胞の中でエネルギーの状態を調節する役割を果たすニコチン酸という物質の代謝を障害することを見出しました。
さらに、ニコチン酸のうち、ニコチン酸モノヌクレオチド(以下NMN)という物質が尿細管から糸球体に放出されること、その放出が糖尿病では低下していることを見出しました。このNMNの放出レベルが減ると、糸球体のふるいを構成する足細胞という細胞の機能に異常が認められ、今度は足細胞のSirt1の発現が低下し、ふるいを構成する蛋白の一つクラウディン-1(以下Claudin-1)の発現が上昇して(この現象には、いま注目されているエピジェネテイックスが関与しています)ふるいが障害され、蛋白尿が出現するという一連の病気の流れを解明しました。尿細管の細胞から糸球体足細胞へのNMNを仲立ちにした対話が途絶えてしまうことが糖尿病の極めて早い段階で生じ、腎症の発症に関与しているのです。この連関を尿細管-糸球体連関と名づけました。

図3

図3 糖尿病性腎症における尿細管-糸球体連関の破綻
糖尿病は、尿細管Sirt1を低下させ、ニコチン酸の一つNMNの放出を妨げ、糸球体Sirt1を低下させる

図4

図4 糸球体におけるSirt1低下がもたらす影響
糖尿病では、尿細管から糸球体へ波及したSirt1低下がClaudin-1というふだん糸球体には存在しない細胞間の結合を調節する蛋白の上昇をもたらし、蛋白が血中から尿中へ漏れ、蛋白尿が出現する。

本研究の今後の発展性~糖尿病性腎症を超早期に診断する~

これまで糖尿病性腎症の早期診断としてアルブミン尿(微量の蛋白尿)の検出が多く使われてきました。これは糸球体の障害を検出する方法です。本研究グループは、アルブミン尿が出る前から既に尿細管がエネルギー代謝の失調を起こしていることを明らかにしました。尿細管-糸球体連関の破綻が生じた時、もう既に糖尿病性腎症は発症しているのです。したがって尿中のNMN低下を測定すれば糖尿病性腎症の”超”早期の診断が可能となるかもしれません。また、この連関の断絶を修復する、例えばカロリー制限や運動をすることで腎臓のSirt1の働きを活発にすることなど、新しい治療が有効である可能性が考えられます。糖尿病性腎症はある程度進むとなかなか進行を止められません。これまでの進行を遅らせる治療から、発症させない”先制医療”が極めて重要な病気です。本研究成果をさらに進めることにより、”超早期”の診断による”先制医療”の実現が期待されます。

図5

図5 今後の治療への展開-Sirt1活性化やNMNの補充-
糖尿病で低下したSirt1を活性化することやNMNを補充するなどの治療が有効である可能性を提唱した

参考文献

Renal tubular Sirt1 attenuates diabetic albuminuria by epigenetically suppressing Claudin-1 overexpression in podocytes.
(腎臓の尿細管Sirt1はポドサイトにおけるClaudin-1の発現レベルをエピジェネティック制御機構により抑制し、糖尿病性腎症のアルブミン尿を低下させる)
Hasegawa K, Wakino S, Simic P, Sakamaki Y, Minakuchi H, Fujimura K, Hosoya K, Komatsu M, Kaneko Y, Kanda T, Kubota E, Tokuyama H, Hayashi K, Guarente L, Itoh H.
Nat Med. 2013 Oct 20. doi: 10.1038/nm.3363. [Epub ahead of print]
Published online: 20 October 2013 | doi:10.1038/nm.3363
http://www.nature.com/nm/journal/vaop/ncurrent/abs/nm.3363.html外部リンク

左から:伊藤 裕(教授)、 長谷川一宏(助教)、 脇野 修(講師)

左から:伊藤 裕(教授)、 長谷川一宏(助教)、 脇野 修(講師)

最終更新日:2013年11月1日
記事作成日:2013年11月1日

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